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言問い亭 11月号 (2000年)



 言問い亭11月号 小目次 

  • 第203号 −− 「フェアプレイ」 −− 2000.11.23

  • 第202号 −− 水に落ちた犬 −− 2000.11.23

  • 第201号 −− 訂正・「香道」の矢野さん −− 2000.11.09

  • 第200号 −− ピルトダウン原人(2)・矢野環さんのお便り −− 2000.11.08

  • 第199号 −− ピルトダウン原人(化石贋作事件) −− 2000.11.07

  • 第198号 −− 燠(おき) −− 2000.11.01





     第203号 −− 「フェアプレイ」 −− 2000.11.23

     先ほどの「言問いメール/水に落ちた犬」の中で、魯迅の論争相手の人(林語堂)
    が、フェアプレイ精神を表す言葉として「水に落ちた犬は叩くな」という英語の(!)諺
    がある、と書いたことに対する反論のようです」と書いてしまいましたが、いま読み
    返してみたら、私の誤読だったようですね。
    
     魯迅が「私は英語にうといから、この語の含む意味がどうなのか、よく分からない」
    と言ったのは「フェアプレイ」のことで、林語堂氏はこの英単語の意味を説明するた
    めに「水に落ちた犬を打たぬこと」と補足したのでした。この「水に落ちた犬」とい
    う表現が純粋中国産なのか英語圏からの翻訳概念なのかは、依然として良く分かりま
    せん。ただし、先ほどのインターネット検索で出てきた98件の中に1つだけ、小説
    (自作ショート)の中の会話で、「『水に落ちた犬は叩け』というアメリカのことわ
    ざがあるが.....」と書いてあるものがあり、ちょっと気になっています。
    
    ******************************************************************
    <引用開始>
    http://www.venus.dti.ne.jp/~yamada88/weiss/kobanashi/kobanashi25.htm 
    
    【バイチュ25号】
    
      『The Avenger (episode)』
    
    「ほい、ちょっとごめんよ。」 
    シュルディッヒは、悲鳴をあげている中年の女性に背中から近づき、その口を自身の
    右手でふさぐ。
    ビクンと体を震わす女性の正面に移動し、その目を見る。
    「お前はなにも見なかった。お前は家路を急いでいるだけだ。」
    そう言うと、女性の目つきが見る見るうちに鈍くなる。女性は、何かに憑かれたかの
    ように覚束ない足取りでその場を去っていく。
    
    (柴田:中略)
    
    「供養でもするのか?」
    ここで、ようやくシュルディッヒが口を開く。
    「いや、これでさらにアヤの心を苛んでやるのさ。アメリカのことわざにもあるだろ、
    水に落ちた犬は叩けってさ。今のアヤは水に落ちた犬だ。さらに奴をいたぶってやる
    のさ。」
    「どうやって?」
    クロフォードの問いに、シュルディッヒはすげなく答える。
    (以下、省略)
    <引用終わり>
    **************************************************************
    
    yamada88さん、本当に、「水に落ちた犬は叩け」っていうアメリカのことわざが有る
    んですか?
    


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     第202号 −− 水に落ちた犬 −− 2000.11.23

     自民党の加藤派、山崎派の「反乱」により、内閣不信任案が通るか? というので
    マスコミはしばらくの間大騒ぎをしていましたが、両派の「帰順」であっけなく政局
    は収拾に向かいました。
    
     昨日の読売新聞の政治面を眺めていたら、
    
    <引用開始>
    「中国のことわざに『水に落ちた犬は打たない』とある。水に落ちて困っている人に
    はこれ以上のことをしない方がいい。ただ、最高責任者は別だ」
     中曽根元首相は二十一日昼の江藤・亀井派総会で、こう述べた。同派議員からも
    「けじめが必要だ」などと加藤、山崎両氏への処分を求める意見が相次いだ。
    <引用終わり>
    
    という記事が目に付きました。あれ、あれっ? 中国にそんなことわざが本当にある
    のかなあ。「水に落ちた犬」と言えば、私が知っているのは、魯迅の有名な「水に落
    ちた犬は打て」という言葉だけだけれど、あれは昔から伝わっている諺を逆転させた
    ブラック・ユーモアなのかなあ。魯迅が「水に落ちた犬」に例えたのは多分、当時末
    期的な症状を呈していた清王朝のことで、政権腐敗、民衆反乱に加えて帝国主義列強
    による植民地化など、まさに溺れかかっていたものを、何とか助けようとする人たち
    に対して、あんなものは打倒して、新しい革命政権を打ち立てるべきだ、という国民
    革命の思想を表現した言葉だろうと、私は勝手に想像しておりました。
    
     天下の「大勲位」のおっしゃることだから、もしかしたら本当かも知れない、無知
    な私が中国の諺に疎いだけかも知れない、と思い、インターネット検索で「水に落ち
    た犬」を検索してみました。私がひいきにしている「google」で引いたら、下のよう
    な結果になりました。
    
    Googleの水に落ちた犬についての検索結果・約98件中1-10件目. 検索にかかった時間
     0.02 秒.
    
    「約98件」というのが面白いですが、0.02秒で98件も提示してくれるのはすごいです
    ね。ちなみに「柴田勝征」を検索したら、127件出てきました。これは余談。
     本題に戻ると、98件のいずれもが、「水に落ちた犬は叩け」という魯迅の意味で
    使っており、『水に落ちた犬は打たない』というのは1件も有りませんでした。せっ
    かく検索したのですから、その代表的ないくつかを以下に御紹介してみます。
    
    ******************************************************************
    <引用開始>
    http://www.sankei.co.jp/databox/paper/0007/04/paper/today/year/year.htm 
    
    ■水に落ちた犬は打て
    
                『阿Q正伝』などで知られ、20世紀の中国を
               代表する作家、魯迅は革命運動家でもあっ
               た。その魯迅の言葉として有名なのが「打落
               水狗」つまり「水に落ちた犬は打て」である。
    
                1926年、魯迅が反革命派が占める北京を逃
               れ南下するときに述べたといわれる。彼は当
               時の反革命派を「犬」と呼んで憎んでおり、
               反革命にそまった“悪人”に対しては情け容赦も
               かけるべきではない、と言ったのである。
    
                1926年は孫文が亡くなった次の年。蒋介石
               が北伐を始めた年である。20世紀前半の中国
               での革命勢力対反革命派の対立の厳しさを
               表した言葉だといえる。
    <引用終わり>
    
     これはサンケイ新聞掲載の中国革命に関する解説記事の一部です。
    言葉の生い立ちが簡潔にまとめられていていちばん分かりやすい。
    
    ******************************************************************
    <引用開始>
    http://clinamen.ff.tku.ac.jp/Holocaust/German_2.html 
    
    かつて魯迅は中国のまだ暗く苦しい時代を背景に、「水に落ちた犬は打たねばならな
    い」と説きました。
    
     「私の言いたいのは、要するに『水に落ちた犬』は、必ずしも打つべからざるもの
    ではなく、否、むしろ大いに打つべし、というだけのことだ。
     ・・・・
     何となれば、犬は、いかに狂い吠えようとも、実際は『道義』などを絶対に解さぬ
    のだから。まして、犬は泳ぎができる。かならず岸へはい上がって、油断していると、
    まずからだをブルブルッと振って、しずくを人のからだといわず顔といわず一面には
    ねかけ、しっぽを巻いて逃げ去るにちがいないのである。しかも、その後になっても、
    性情は依然として変わらない。愚直な人は、犬が水に落ちたのを見て、洗礼を受けた
    ものと認め、きっと懺悔するだろう。もう出てきて人に咬みつくことはあるまいと思
    うのは、とんでもないまちがいである。
     要するに、もし人を咬む犬なら、たとい岸にいようとも、あるいは水中にいようと
    も、すべて打つべき部類だと私は考える。」(『魯迅評論集』竹内好編訳、岩波文庫、
    pp.74-76.)
    
     私も魯迅に賛成なので、みっともなく水に落ちた木村さんをさらに叩くことにしま
    す。
    <引用終わり>
    
     これは個人のホームページで、木村さんという人のドイツ語の誤りをしつこく批判
    する理由の正当付けとして魯迅の言葉が使われているのですが、『魯迅評論集』から
    『水に落ちた犬』について書いてある部分がかなり長く引用されているので、貴重な
    資料として転載させていただきました。
    
    ******************************************************************
    <引用開始>
    http://www.geocities.com/kurubushi/SARU/saru97.html
    
    === Reading Monkey ===============================================
             読 書 猿   Reading Monkey
               第97号 (ア・ワールド・トゥ・ウィン号)
    ==================================================================
    
    ■読書猿は、全国の「本好き」と「本嫌い」におくるメールマガジンです。 
      姉妹品に、『読書鼠』『読書牛』『読書虎』『読書兎』『読書馬』
    『読書羊』 『読書龍』『読書蛇』『読書鳥』『読書犬』『読書猪』などがあります。
     ■読書猿は、本についての投稿をお待ちしています。 
      
    
    ■■竹内好 編訳『魯迅評論集』(岩波文庫)============■ 
    
     魯迅はレバニラいためのようなものだ。いつ食べてもおいしい、栄養になる 
    (しかも、たぶん安い)。しかし普段ついぞ思い出さない。 
     全編引用したいような、竹内好入魂の編訳。 
    
    > 「フェアプレイ」はまだ早い 
    >  
    > 一 解題 
    >  
    >  『語[糸糸]』の57号で林語堂氏が「フェアプレイ」を説き、この精神は中国
    >  にはごく少ないから、われわれは勧奨に努めなければならぬ、と述べ、さらに 
    >  「水に落ちた犬を打」たぬことを「フェアプレイ」の意義の補足的説明としている。
    >  私は英語にうといから、この語の含む意味がどうなのか、よく分からないが、もし
    >  「水に落ちた犬を打」たぬのが、その精神のあらわれだとすると、私には大いに言
    >  い分がある。もっとも、表題に直接「水に落ちた犬を打つ」と書かなかったのは、
    >  人目に立つのを避けるためであり、つまり、ことさら頭上に「にせの角」を装う必
    >  要がないからである。私の言いたいのは、要するに「水に落ちた犬」は、必ずしも
    >  打つべからざるものではなく、否、むしろ大いに打つべし、ということだけだ。 
    >  
    > 二 「水に落ちた犬」に三種類あり、いずれも打つべきものであること 
    >  (省略) 
    > 三 狆はことに水中に打ち落としてさらに追い打たねばならぬこと 
    >  (省略) 
    > 四 「水に落ちた犬を打」たぬは人の子弟を誤るということ 
    >  (省略) 
    > 五 失脚した政客を「水に落ちた犬」と一律に論じてはならぬこと 
    >  「犯さるるもあらがわず」は恕道だ。「眼には眼を、歯には歯を」は直道だ。 
    > ところが、中国にもっとも多いのが枉道、つまり、水に落ちた犬を打たずに、逆に
    >  犬に咬まれることである。(以下、略) 
    <引用終わり>
    
    これはオンライン書評サイトへの投稿書評ですが、1つ前に引用した魯迅の文章の直
    前の部分が引用して有るので、2つを合わせて眺めてみると、魯迅の意図がいっそう
    良く分かります(本当は「魯迅評論集」を自分で買って読むのがいちばん好いのでし
    ょうが)。
    
     魯迅引用の上の部分を見ると、「水に落ちた犬」は魯迅の論争相手の人(林語堂)
    が、フェアプレイ精神を表す言葉として「水に落ちた犬は叩くな」という英語の(!)諺
    がある、と書いたことに対する反論のようです。本当に、英語にそのようなことわざが
    有るんでしょうか。"A drowning man will catch at a straw. (溺れる者はわらをも
    掴む)" というのなら中学校の英語教科書にも載っていますけど.....
    


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     第201号 −− 訂正・「香道」の矢野さん −− 2000.11.09

     前号の「言問いメール/ピルトダウン原人(2)・矢野環さんのお便り」の始めの方で、
    矢野さんのことを『埼玉大学数学科教授で「大辞林」の「茶道」の項の執筆者でもあ
    る』と書いてしまいましたが、『「香道」の項の執筆者』の誤りでした。どうも失礼
    いたしました。
    


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     第200号 −− ピルトダウン原人(2)・矢野環さんのお便り −− 2000.11.08

     前号の言問いメール「ピルトダウン原人(化石贋作事件)」に関して、埼玉大学数
    学科教授で「大辞林」の「茶道」の項の執筆者でもある矢野環さんからメールを頂き
    ました。前号で書評を御紹介した「ピルトダウン 化石人類偽造事件」という本につ
    いて、矢野さんが以前に書いたメールに関連記事があるということで、そのメールの
    一部分がコピーされていました。数学者に関連した部分はさておき、ピルトダウン人
    に関する部分のみ、矢野さんの了解を得て、以下に転載いたします。
    
    <引用開始>
    F.スペンサー著、山口敏訳、ピルトダウン 化石人類偽造事件 
           みすず書房、1996.3  7200円(7416円)
    
     ピルトダウン人(エオアントロプスと名付けられたこともある)とは、新人類(但
    し古い)の頭骨とオランウータンの下顎骨を着色などにより古めかしくし、別の化石
    もちりばめて、同じ地層から発見されたように仕組まれたものである。
    
     これは1912年、ドーソンにより「発見」され、1953年にオークリーによっ
    て証拠を突きつけられて偽造となるまで、様々な議論の対象となった。
    
     偽造と確定してからは、この主犯が誰であるかを追求する複数の動きがあった。こ
    れは学問に対する重大な犯罪であり、たとえ長老が関与しているにせよ、なんにせよ
    徹底的な追及は免れない。日本なら「まあまあ」の 浪花節 ですむでしょうか。あ
    るいは、「和と尊ぶ」故に犯人を追いつめることはないかもしれない。もしくは、
    「だまされたのが悪い」という歪んだ精神論が横行するかもしれない。
    
     本書は、このピルトダウンで発見された化石に関する正確な事実経過と、時代背景、
    そして偽造犯人追及からなる。とくに、過去数件有る「状況証拠による犯人推測」で
    はなく、明確な文書を証拠とする「論理的な犯人推定」が行われる。
    
     はじめに総合的な追求を行ったのは、ワイナーであり、それは「ピルトダウン文書」
    として残された。その後総合的な調査はイーアン・ランガムにより行われ、多くの重
    要な未発見文書が指摘された。ランガムは最終的結論に達していたが、突然交通事故
    で亡くなった。ナチ追求なら殺されたのかもしれないが、この場合はそうではなかろ
    う。そこで、ランガム夫人と3人の人類学者の相談により、ランガムの仕事を引き継
    いで完成させることを、本書の著者スペンサーに依頼した。
    
     スペンサーは、「ピルトダウン文書」全体を閲覧し、多くの重要な点を見つけた。
    史料の公刊が不十分であることが曖昧な議論の原因の一つであると認めたスペンサー
    は、著作を2冊に纏めた。一冊が本書であり、もう一冊は資料集としての『ピルトダ
    ウン文書』である。いずれも、大英博物館から1990に出版された。そして、本書では
    『ピルトダウン文書』における文書が Spencer (1990: 6.3.5) といった形で直ちに
    参照可能なように引用されている。本書以前の犯人探しは、僅かに公刊された史料を
    もとにした推測の域を出ない物が多かった。
    
     本書の結論(それは急逝したランガムの結論でもある)は、偽造犯人は、アーサー・
    キース卿である、とする。特にそれがキース自身の残した文書によって裏付けられる。
    キースは王立医学院フェロー、王立協会会員、英国人類学協会会長、英国学術振興協
    会会長、1955歿(88)。イギリス古人類学界を代表する研究者。まさか、という人
    物です。
    
    (中略)
    
     ピルトダウン人が ドーソンとキースの共謀だというのは、ランガウが1984頃
    にたどり着いた結論だと思われています。正式の公表はスペンサーの本が初めてでし
    ょう。勿論、それまでに大英博物館での講演があったとはおもいますが。つまり、教
    養部におられた(柴田の註:柴田が埼玉大学の)ころの話なら、ドーソン単独犯説、
    バターフィールドとか極端なのはコナン・ドイル共犯説もあったとおもいます。
    
     このピルトダウン人での面白いところは、1954に至るまでは、殆どの研究者が、
    頭骨と下顎骨を一体とみるか別の生物ものとみるかはともかくとして、古い化石であ
    ると仮定してなんとかつじつま合わせをしようとしたことです。 (以下省略)
    
    <引用終わり>
    
     矢野さんは、こういう古いお話になると、メチャ詳しいですね。
    


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     第199号 −− ピルトダウン原人(化石贋作事件) −− 2000.11.07

     私が小学校の頃に習った「世界3大原人」というのが、たしか、クロマニヨン人、
    ネアンデルタール人、ピルトダウン人というのではなかったかと思うのですが(ある
    いは、北京原人、ジャワ猿人を加えて5大原人だったかもしれません)、中学生の時
    に、その「ピルトダウン人」というのが真っ赤な贋作で、自分の民族も永い歴史を持
    っていると主張したかった考古学者が、チンパンジーの骨を材料にして偽の「原人骨」
    を自作したものである、という事を知りました。世界中の教科書も書き換えざるを得
    なくなったはずです。
    
     今回、わが日本でも同じ様な事件が起こったので、さっそくインターネット検索で
    「ピルトダウン」を探してみました。
      http://www.google.com/intl/ja/
    で「ピルトダウン」と入力して検索させたら、なんと115件もヒットしました。私
    が期待していた情報を最も的確に含んでいると思われたのは、「ピルトダウン人」の 
    <<発掘>>から<<正体露見>>までを詳しくルポルタージュした「ピルトダウン 化石人
    類偽造事件」という書籍の紹介をした記事でした。
      http://www.moriyama.com/sciencebook.96.5.htm
    興味を持たれる方も多いと思いますので、その部分を引用させていただきます。
    <http://www.moriyama.com/sciencebook.96.5.htm からの引用>
    「ピルトダウン 化石人類偽造事件」
    (フランク・スペンサー著 山口敏訳 みすず書房、7416円 原題:PILTDOWN
     A Scientific Forgery, 1990) 
    
         科学史上最も有名な詐欺事件、ピルトダウン人。
         ピルトダウン人は1912年の学会発表から1954年に否定されるまで、実に42年もの
    長きにわたって、人類学者達を悩ませてきた。 
    
         本書は、ピルトダウン人が如何にして発見され、発表され、審議され、復元され、
    そしてどのようにして正体が白日の下に晒されたかのドキュメントである。さらに、
    この人類学史上最大の詐欺を創り出したのは誰で、どんな動機が犯人にはあったのか
    推理する。 
    
         ピルトダウン人の真犯人は全くの薮の中で、コナン・ドイルを真犯人とする説が
    あるくらいだが、訳者解説によるとほぼこれで決定らしい。少なくとも、本書の論を
    完全にひっくり返す事はできそうもないという。 
    
         本書は全8章からなり、私の見た所、4部構成となっている
         (訳者は3部と言い、著者は2部構成と言っているが)。
      第1部はイントロ(当時の人類学研究の雰囲気)、 
      第2部は1912年のピルトダウン人の発見と発表、その解釈を巡る当時のドキュメント、
      第3部はピルトダウン人そのものへの疑惑と真実の発覚、 
      第4部は真犯人の推理である。 
    
         最も面白いのは第3部である。他の人類化石との不整合性、どうしても解けない
    矛盾、不合理、徐々にわき上がってくる不信感。
         そして詳細な再検討の結果、続々と露になる偽化石。これも偽物、あれも偽物…。
    そして遂に、全てがまやかしであったことが明らかになる…。 
    
         第2部のドキュメントも非常に良く書けており、まるで再現ドラマのようだが、
    なんといってもこの面白さには勝てない。 
    
         なお、本書のもう一つの中核、真犯人だが、今までの説とは全く違う人物だとい
    う。著者らは一つ一つ可能性を消して行く事で、同僚達を長きに渡って騙し続けられる
    技量を持った人類学者であると同時に、地質学者でもあり、解剖学者でもあり、歯科
    学者でもあり、化学者でもあったと思われる人物に迫る。 
    
         大部の本だが、非常に読みやすい文章。また、科学的な記載を淡々と続けること
    でサスペンスフルな緊迫感を作り出すことに成功している。
      ピルトダウン事件に興味がある人は買い。 
    <引用終わり>
    
     いやーっ、洋の東西を問わず、似たようなことが起きるものですね。
    


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     第198号 −− 燠(おき) −− 2000.11.01

     先月、私が東京への出張から帰った晩のこと、妻は義兄の葬式から帰っていて、夕
    食のあと妻の入れたコーヒーを2人で飲んでいました。お互いに「今日は本当にお疲
    れさまでした。」などと言いながら、妻の姉たちについての想い出話などを聞いてい
    る内に、話はどんどん幼い頃に遡って行きました。
    
     「私の実家のあたりは昔は狐が出るので有名だったそうです。夜、布団の中で、母
    が狸にだまされた話なんかをしてくれたものでした。私は怖くて、頭から布団をかぶ
    ってしまうのですが、でも、やっぱり怖い話の続きが聞きたくて、頭を少しだけ出し
    て、いざとなったらサッと隠れる準備をしながら続きをおねだりしたものです。あな
    たは東京の生まれ育ちだから、そういう経験は無いでしょうね。」
    
     「うん。でも、戦争が終わって疎開先から東京に戻ってきた頃は、家の周りは焼け
    跡だらけの瓦礫の山だったから、子供の頃には焼け落ちた廃墟の中でよく遊んだもの
    ですよ。田舎育ちの人には、そういう体験は無いでしょう?」「今の子供たちは毎日
    の時間の流れが速すぎて、そういうのんびりした経験が出来ないからかわいそうです
    ね。」
    
     「そういえば、僕の娘が高校生の時に、クラスの友達に、『私の家では夏は蚊帳を
    吊って寝ているんだよ。』と言ったら、みんなから『えーっ、本当? 蚊帳なんて古
    文の教科書の挿し絵でしか見たこと無いよーっ。』て言われたそうですよ。でも、わ
    が家では本当に数年前まで夏には蚊帳の中で寝ていたんですよ。」
    
    「それはまた、すごいですね。山口県の田舎でも、今から少なくとも十数年ぐらい前
    は、もう蚊帳を吊っているお宅はほとんどなくなっていたように思います。近頃の若
    い人はオキなんかも知らないでしょうねえ。」「えっ? 『オキ』って何ですか?」
    と私が驚いて質問したら、妻の方も驚いて、「えーっ、嘘でしょう? 本当にオキを
    御存知無いんですか?」とキョトンとした顔をしています。
    
     「ほら、お風呂を炊いたあとなんかの薪が燃え残ってくすぶっている、あのオキで
    すよ。」「へーっ、薪の残り火をオキって言うんですか。知らなかったなあ。もっと
    も、田舎ではどこのお宅にも風呂があって、そういうオキを子供の頃から生活の中で
    見知っているんでしょうが、僕なんか始めから都会暮らしなので、風呂はずーっと銭
    湯ですよ。東京のわが家の近くにも銭湯が数軒あったので、父や弟と一緒に、時々店
    を変えてあちこち行きました。田舎育ちの人は銭湯なんか知らないでしょう。」「あ
    あ、なるほど。それじゃあ、オキを御存知ないのも当然かも知れませんね。」
    
     そこで広辞苑で「オキ」を引いてみたら、次のように書かれていました。
    
    <広辞苑の引用>
    おき【燠・熾】@赤くおこった炭火。おきび。A薪(まき)が燃えてしまって炭火のよ
    うになったもの。
    <引用終わり>
    
     なお、「学研国語大辞典」には@の用例として、長塚節の「土」の一節「おつぎは
    卯平の為に火鉢へ熾を活けてやったり、」を挙げていました。
    


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