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言問い亭 5月号 (2010年)


 言問い亭5月号 小目次 

  •  第433号 −− こころ優しきヨーロッパ人たち(4) −−
                    海外研修出張報告記−−
    2010.05.31





  •   第433号
    −− こころ優しきヨーロッパ人たち(4)
    海外研修出張報告記−−
    2010.05.31

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     −− こころ優しきヨーロッパ人たち(4)                     海外研修出張報告記 −− (前号からの続き)  3月7日の朝に福岡空港を出発して昼前に羽田空港に着き、午後1時から1時間くら い、という予定でハッカライネン氏(フィンランド・オウル大学教育学部副学部長)と 池袋の喫茶店でお会いしました。 ハッカライネン氏は定刻より少し遅れて奥さん同伴で店の中に入って来ました。「やあ、 やあ、道に迷ってしまって、どうもお待たせしました。How do you do?」と言ってから、 自己紹介と奥さんの紹介をしました。奥さんが、「今日は、これから買い物を予定して いるので、すぐに失礼させて頂きます。」と言い、私も、「どうぞ、ご遠慮なく。」と 答えました。  先ずは、私の方から、「本日は、来日中のお忙しいスケジュールを割いて、対談に応 じてくださったことに感謝します。私は、概略、今までのメールで書きましたように、 教育学についてはまったくの素人ですが、”国際学力テスト(PISA)”について突然関心 を持つようになり、そのテストで常に1位、あるいは2位をキープしているフィンランド の教育にも興味を持って調べています。日本の教育界ではフィンランド・ブームのよう な現象が起きており、JTB (Japan Travel Bureau; 日本交通公社)が教職員様御一行の フィンランド教育見学ツアーを組んで、毎日のようにゾロゾロとフィンランドの学校に 押しかけて、フィンランドの父母たちから苦情が出ているとか、”フィンランド・メソッ ド”とかいう教育方法の解説書がよく売れているみたいで...」と話し始めたら、 ハッカライネン氏が私の話をさえぎって、「ちょっと待ってください。その”フィンラ ンド・メソッド”というのは何ですか?」と質問してきました。  「さあ、私も素人なのでよく知らないのですが、なんでも、1冊の本をしっかり子供に 読ませて、主人公の気持ちを推測させたり、あるいは、もしもあなただったら別の行動 を取るかどうか、というようなことを子供たちに考えさせるらしいです。」と私。「そ んなことはどこの国の教育でもやっていることです。それがどうして”フィンランド・ メソッド”なんですか?」と、さらに突っ込んでくるハッカライネン氏。「そうですね え。実は私にもサッパリ分からないんです。」と正直に答える私。「少なくとも、私が 知っている限り、”フィンランド・メソッド”なんて聞いたことがありませんよ。」と ハッカライネン氏。  「そうでしょうねえ。フィンランド人のあなたにこういうことを言うと恐らくかなり 御気を悪くされると思うのですが、私は自分の気持ちを偽ってお世辞を言うことは苦手 な性格なので正直に言います。日本からフィンランド教育を見学に行った人たちが”フィ ンランドの教育はこのように素晴らしい”と書いているレポートをいくつか読んだので すが、私には、そのような教育には重大な欠陥がある、としか思えませんでした。たと えば、算数の授業をしている教室で、編み物をしている生徒がいたり、勝手にそっぽを 向いて休んでいる生徒がいたり、そういう授業を、”生徒たち一人ひとりの自主性を尊 重した伸び伸びした授業だ”と礼賛している日本の研究者もいるのですが、私は、そん な授業は教師としての任務放棄だと思います。先生が教えなくてもどんどん伸びてゆけ るような特別に優秀な生徒は例外であって、授業の中で教師がきちんと指導して子供た ちをただしく導いてゆかなければ、平均的な普通の子供は、伸びる才能を持っていたと しても、その才能を伸ばすことも出来ません。」と私が話し始めると、ハッカライネン 氏は、「まったく、その通りだ。フィンランドの教師たちは指導をサボっている、とい うか、指導する能力を持っていない者が多いから、きちんと指導することができないの だ。あなたが指摘したように、いいかげんな教育をして怠けていても、きちんとした地 位を保証され、高い給料がもらえるので、フィンランドでは教師というのは非常に”オ イシイ”職業とみなされており、大学入試でも教育学部の競争倍率は極めて高い。」と ハッカライネン氏。  意外と言うべきか、あるいはやっぱりそうか、と言うべきか、ハッカライネン教授は 私の考察を全面的に肯定したのです。  横からハッカライネン夫人が、「私はリトアニア人なのですが、ご承知のようにリト アニアは社会主義圏が崩壊するまで、ソビエット連邦の一部でした。ソ連の政治や経済 の制度にはいろいろ欠陥があって、それで社会主義国が崩壊したわけですが、教育に関 しては、ソビエットの制度は非常に優れていました。生徒たちの興味や関心を高めなが ら、巧みに高いレベルの教育を行っていました。資本主義化して以来、教師たちは意欲 を失って、教育の質はどんどん落ちています。ソビエット時代の優れた教育システムの 蓄積がどんどん失われて行くのは悲しいことです。」とコメントしました。  ああ、奥さんは、リトアニア人なのか。中世ヨーロッパでは、リトアニアはポーラン ドと同一人物を君主に頂いて、”ポーランド・リトアニア連合王国”を形成していた時 代があり、ポーランド人とリトアニア人はお互いの言語をよく理解しあう、ということ を私はポーランド滞在中に聞かされていたので、「Bylem w Polce. (私はポーランドに いたことがあります。)」とポーランド語で言ってみました。奥さんはびっくりして 「Gdie? (どこですか?)」とポーランド語で尋ねてきたので、「B Krakovie. (クラ コフに、です。)」と私が答えると「いつですか?」と聞かれ、「ヤルゼルスキーの時 代、すなわち Soldarnosci (労組”連帯”)の時代です。」と私が答える、といった風 にして、すこしばかりポーランド語の会話が続きましたが、じきに私のポーランド語の 単語力不足が足かせになり、「申し訳ありませんが、日本に住んでいるとポーランド語 を話す機会はめったに無いので、私のポーランド語の語彙力が落ちてしまい、言いたい ことがポーランド語でなかなか頭に浮かんでこないので、ここからは元の英語に戻らせ てもらいます。」ということになりました。  ハッカライネン教授もポーランド語はよく分かるらしく、「本当に、現在の教育のレ ベル・ダウンは困ったものです。例えば、数学の2次方程式の解法なども、フィンラン ドの教師たちは、単に教師用のマニュアルに書いてある通りにしゃべったり書いたりし ているだけで、一つ一つの式変形の意味を理解している教師の割合は、日本の教師たち に比べるとずっと少ないと思います。」と付け加えました。  おや、おや。2次方程式の解法ですか...。どこやらの国の中央教育審議会で、著 名な文化人の委員が、この歳になるまで2次方程式の解法が分からなくて困ったことは 一度も無い、だから、そんな事項は数学の教科書から削除せよ、とのたまわったのは有 名なエピソードですが、洋の東西を問わず、「2次方程式の解法」は「理解するのが極 めて難しいけれど、社会に出てから全然役に立たない学校数学」の代名詞のように考え られているのかもしれません。  実は、この2次方程式というのは、人類が創造した最も偉大な知的モンスターである 虚数の源(みなもと)なのですよ。ここから複素関数論が生まれ、流体力学が生まれ、 電磁気学が生まれ、...そして携帯電話やら3Dグラフィックスやらが生まれ、今日の 情報化社会が生まれたわけですが、そういうことをまったく考えないで一生のほとんど を過ごして来たこの文化人の知的な人生には悲しいものがありますね。  私はさらに、フィンランド教育に最も欠けている点として、生徒をクラス集団として 捉えて、生徒たちが助け合うコミュニティーとして集団的に向上してゆくように教育す る発想、また教師が個々人としてではなく、集団として教えあい、助け合って一つの学 校の教育活動を運営してゆくこと、を挙げました。  ハッカライネン氏は、「まったくその通りだ。実は最近、フィンランドの著名な13 名(12名と言ったかもしれません。私の記憶が曖昧です)の教育学者が、現在のフィ ンランドの教育を抜本的に改めなければならない」という共同声明を発表しました。私 たちはフィンランドの内部から改革を呼びかけてゆきます。あなたはフィンランドの外 部からフィンランド教育の批判を続けてください。あなたが、その著書を出版する前に 英語で概要を知らせてくだされば、私はあなたの主張を補強するようなフィンランド教 育の生の資料を提供する用意があります。今後も連携を取り合って行きましょう。」と 提案してくれました。夫人が横から、「しかし、改革することが非常に困難な理由があ ります。改革はゆっくりとしか進まないでしょう。」と付け加えました。夫人は「買い 物の予定があるから、じきに失礼します。」と言ってたにもかかわらず、また、1時間 の懇談の予定が、話が盛り上がって3時間近くに延びてしまったにもかかわらず、最後 まで同席しました。具体的には質問しませんでしたが、奥さんの話の内容から推測すれ ば、高校の数学の先生をやっている方のような感じがしました。外れているかもしれま せん。  「どうも、予定時間を大幅に超過してしまい、申し訳ありません。」「いいえ、こち らこそ。」「Kiitos. (ありがとう。) Nakkemin. (さようなら。)」とフィンランド 語で言うと、あちらも「Kiitos. Nakkemin. 」と応えて、それからお二人は急ぎ足で池 袋駅ビルの方へ去ってゆきました。  3週間後にヨーロッパから帰ってみると、Hakkarainen氏からメールが届いていました。 「数学教育については、Davydov の博士論文の英訳が参考になるだろう。1960年代 に El'konin-Davydov system と呼ばれていた教育方法で、きっと参考になると思うので、 読んでみたらどうか」というサジュエスチョンでした。約束したことはきちんと実行す る誠実な人柄なんだ、と思いました。 (続く)
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